経過・現状
 石田直也(私立高校3
年生)は、平成19年5月27日高等学校体育総体グレコローマン個人戦の試合中に頚椎脱臼を受傷し、救急搬送され運ばれたD病院では対応が出来ないとの事で、ステロイドを投与しながら隣町のK市民病院ERに救急車で転送されました。

その時はしっかりと話が出来、両腕の手首も動きました。市民病院の整形外科医の診断は「頚椎脱臼」部位はC5・6でした。即、車椅子宣言され、時間をかけて頭部に固定された金具で、首部を引っ張り、脱臼を直す処置をしましたが、うまくはまらず翌日〈後方脱臼整復固定〉〈前方自骨移植とプレートによる固定〉の手術を受けました。しかし、オペ室から出てきた時には、自発呼吸が弱く、人工呼吸器を付けICU(集中治療室)へ運ばれました。二日目には、首から下が動かなくなり完全四肢麻痺状態になりました。頚椎神経の腫れがC2あたりまで広がった為との説明を受けました。

二日後CT撮影でC1付近まで影が伸び、このままでは心停止の可能性があると説明があり、心臓ペースメーカーの同意書にサインをしました。

二週間が過ぎ様態も変わらず、長期化が予想される為、気管挿入から気管切開手術と鼻からのカテーテルでの栄養ラインを胃ロウに代える手術を受けました。この頃には本人の意識もはっきりしてきました。しかし、会話・口からの食事は出来なく、本人の意欲も下がり気弱な表情になりました。

一ヵ月半過ぎたころ首部に感覚が少し戻りかけ希望が持てた頃、頚部の前方固定した部分と気管カニューレ間に膿がたまっているのが発見され、再手術(膿の除去と自骨の再移植)。今回プレートで固定していないので、安定するまで3ヶ月ほどかかると言われました。本人はひどく落ち込みました。

二ヶ月経ちましたが、自発呼吸も戻らず完全四肢麻痺状態も変わらず、三ヶ月目に再検査をしましたが、頚椎神経の腫れは引かず長期化を覚悟してくださいと、医師から本人の前で宣言されました。(担当医もここまでの患者は、経験が無い事を知りました。)言葉も話せず完全四肢麻痺状態では、一般病棟にはいけずICUから出ることはありませんでした。

宣言翌日、微かな自発呼吸が奇跡的にも戻りました。しかし、医師達は処置の仕方が分からず苦難をしていました。一ヵ月後(受傷から四ヶ月)日本に数少ない呼吸器リハビリができる、K労災病院を私たちで探し出し、ヘリコプターで救急搬送、転院できました。

K労災病院では、順調にリハビリが進み、呼吸器は喉からはずれ、胃ロウも外れました。

言葉も戻り、食事も口からとれるようになりました。呼吸は管を使い口から必要な時に使用します。夜間は、鼻マスクで対応します。体の動きは、首が大分自由に動き、あごを使いパソコンの練習をしています。肩は見て上がる程度まで動くようになりました。自発呼吸は30分位出来るようになりましたが、これからの回復は長い時間が掛かると思います。

1月8日にK労災病院からH市立H病院に転院し二月末まで内科の検査・治療を受け、後は直也に合ったリハビリ病院への転院し、自宅介護の準備ができ次第、在宅看護で通院する予定ですが行き先は、まだ決まっていません。受傷から日が経ち入院目的がなく、また呼吸器付ではなかなか受け入れて貰えないのが現状です。


治療費は、障害者手帳が貰えるまで、四ヶ月間はスポーツ共済(10年間保障で、治療が終わった時点で後遺症保障が支払われます。)で支払をしていました。

スポーツ共済は、四ヶ月間は治療費の他に見舞い金名目で、付き添い費用分位です。K労災病院での付き添い費用(アパート代)は、個人の保険でまかないました、もともと自分賭けで支払っていたものです。年齢からいって多少しか掛けておらず、足しには成りますが微々たるものでした。

市からは、月4000円・県からは、月7000円 18歳までは保護者に月約54000円以降は年金から70000円の支給があるそうです。

病院にいる間は治療費だけは支払ってもらえますが、自宅介護になると問題が生じます。装備品(車椅子・ベット等)は、一割負担で準備が出来ますが、家の改装費用としては市から18万円位の支援だけです。これでは、全く足りず、多額な資金の融資を受けなければ、家に連れて来ることはできません。最近の不景気で苦労する事が目に見えてわかります。介護のアシストも、市からでは余り期待できず、人に頼るか業者しかありません。

「県・協会・連盟の方で補助制度があればお力を貸してください。」と呼びかけたところ、愛知県レスリング協会から、石田直也基金を設立し全国関係者に呼びかけてくれると連絡がありました。

朝、普通に試合に向かった子供が、突然の連絡で会ったときには、四肢麻痺状態車椅子宣言をされ、数日後には生命の危機と言われ、言葉も話すことが出来なくなり、何度も手術を受け、心に深く傷を負った子を毎日、励まし、希望を持たせ今に至っています。連日の看病、世話で私達家族も、直也を見習い強く心を持つ様に勤めてます。子を思うあまり、ぶしつけなお願いをするかもしれませんが、心情を考えご理解頂きたいと思います。

そして、K労災病院で知り合った、直也と同じ環境におかれた多数の子供たちの為に、第二の事故を防ぐ為に、関係各所へ個の事を伝え、おもいっきりスポーツが出来る環境が出来ることを強く願います。
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